👩 妻のひとこと
仕事用の椅子を買いに行くと言うので付き合いました。アーロンチェアを見ていたはずが、気づけば夫はPP58に座り、社長に褒められ、まんざらでもない顔をしていました。呆れながら、でも正直、私も座ってみたら悪くなかった。ただ、椅子ばかりが増えていく一方で、家づくりが全然進んでいないことが、少し心配です。
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「仕事の椅子を買いたいので、付き合って」
ある日、夫から言われました。
夫が自営業で仕事に使う椅子が必要というなら、もちろん買えばいい。そこに口を挟むつもりはありません。ただ、行きたいというお店のホームページを見ると、こんなことが書いてありました。
「店内は専門スタッフがついてご案内しております。ご予約優先。当日でも空きがあればご来店可能ですが、事前にご予約いただくと確実にご入店いただけます。」
オフィスチェアだけでなく、国内の椅子も北欧の椅子も充実した品揃えのお店です。何だかイヤな予感がしました。
ご予約優先とホームページに書いてあるのに、夫はまたアポなしで出発しました。この人、電話が苦手なのかな。
車で1時間、こんなところに家具屋があるとは
夫と、下の子どもと3人で、車で1時間ほど走らせてお目当ての家具屋へ。「こんなところに、家具屋があるんだ」というような場所に、その店はありました。
家作りをしようとしなければ、知ることもなかったかもしれません。土地を探し始めてから、こういう面白い経験が増えました。知らなかった世界が、少しずつ見えるようになっていく。それ自体は、悪くないことだと思っています。
店内に入ると、受付の女性に夫が声をかけました。「オフィスチェアを見たいのですが」「ご予約は?」「すみません、していません」。微妙な間がありました。男性のスタッフが対応してくれることになり、案内制の店内をひとつずつ見ていくことになりました。
アーロンチェアとの長い格闘
まずはオフィスチェアのコーナーへ。ハーマンミラー、エルゴヒューマン、ヴィトラ——展示されている椅子に、夫はひとつずつ丁寧に座っていきます。スタッフから説明を受けながら、「ご予算は?」と聞かれると、夫は迷わず答えました。
「特にありません」
私の内心:いや、おかしいだろ。
夫がひとつひとつ椅子に座って悩んでいる間、私は傍に陳列されているUSMハラーの収納棚を眺めていました。色鮮やかで、美しい。家作りを始めるまで、USMハラーの存在すら知りませんでした。知らないほうが幸せだったかもしれない(笑)。
しばらく悩んだ末、夫はハーマンミラーのアーロンチェアに決めました。ただ、店内には在庫がなく、海外からの取り寄せで数週間かかるとのこと。
▷ 誕生の背景
アーロンチェアは、ビル・スタンフとドン・チャドウィックという2人のデザイナーによって開発され、1994年に発売されました。それまでのオフィスチェアの常識を覆したのは、「クッションを使わない」という発想でした。背もたれと座面に採用されたメッシュ素材(8Z ペリクル)は通気性が高く、長時間座っても蒸れにくいのが特徴です。発売当時から「オフィスの座り方を変えた椅子」として話題になり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションにも選ばれています。
▷ チルト機能:ハーモニック2チルト
アーロンチェア(リマスタード)に搭載されているのが「ハーモニック2チルト」と呼ばれる独自の機構です。椅子が体の動きに合わせてなめらかに傾き、前傾からリクライニングへの移行が直感的にできます。重心の前後移動だけで自然にコントロールでき、足首・膝・腰・肩・首それぞれを軸とした動きを妨げず、長時間のデスクワークでも疲れにくい姿勢をサポートします。
▷ リマスタードとは
2016年、ドン・チャドウィック本人の手によって「アーロンチェア リマスタード」が発表されました。背骨のサポート改善、メッシュの刷新、チルト機能の再設計などが加えられ、さらに2021年以降は海洋由来プラスチックを一部使用した環境対応モデルも展開されています。
「もう少し、店内を見てよいですか」
用事も終わったし、さあ、帰ろうか。下の子どもは、椅子のコーナーの端に腰かけて、ずっとスマホを眺めています。そのタイミングで、夫が言いました。
「すみません。もう少し、店内を見てよいですか」
スタッフが、戸惑いながら答えました。「もちろん、大丈夫ですよ」。
案内制なので、男性スタッフが引き続き店内を案内してくれます。店内はブランドごとにダイニングセットが陳列されています。国内の一流メーカーのコーナーでは、Hiroshimaもありました。和風の家具も充実していて、様々なスタイルが揃っています。夫は足を止めることなく歩いていきます。私はいつの間にか、家具ではなく夫を観察していました。
デンマーク家具のコーナーへ
国内家具のコーナーを過ぎると、夫がお目当てであろうデンマーク家具のエリアに入りました。ウェグナーが製作したピーコックチェア、ザ・チェア、PP701——名作と呼ばれる椅子が並んでいます。値札を見ると、とんでもない値段でした。
夫はよく「車を一台買うのを我慢して、家具を揃えたほうが、一生を通じて満足度が高い可能性はあるよね」と言っています。でも、車を我慢したとしても、この値段では家具を揃えることもできません。
そのコーナーの椅子たちは、特別な存在なのか、少し高い位置に陳列されていて、座れないようになっていました。夫は黙って眺めています。値段も見ず、スタッフにも話しかけず、ただ静かに。美術館で絵画を鑑賞する人の顔をしていました。
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あるダイニングセットの前で、夫の足が止まった
歩き続けていた夫が、あるダイニングセットの前でぴたりと立ち止まりました。「これ、座ってもいいですか」「もちろん、ぜひ」。
夫は椅子に座ると、私のほうを振り返りました。「これいいよ、座ってみて」。
座ってみると——背中のアームが腰にあたる感覚が、気持ちいい。ハーフアームになっているので肘の置き場もちょうどよく、立ったり座ったりすることの多い主婦にも動きやすいかもしれない、と思いました。
値段を見ると、20万円台。YチェアやHiroshimaよりも高い。スタッフから教えてもらいました。PPモブラー社が製作している椅子で、ウェグナーが最後にデザインしたダイニングチェアと言われている「PP58」です。Yチェアを手がけるカール・ハンセン&サンが工場規模での量産体制をとるのに対し、PPモブラーはデンマークの小さな工房で職人が一脚ずつ手作業で製作しているため、生産量が限られています。その分、価格もYチェアより高くなります。コロナ前は今の半額ほどで購入できたそうで、その後は毎年のように値上がりしているとのことでした。
革張りとペーパーコードの2種類があるとのことで、夫は両方を座り比べています。まさか——どちらにしようか悩んでいるのか。
社長登場。「お客さん、私と似た雰囲気があるので」
そのとき、家具店の社長が近くに来ました。夫が聞きます。「ソープとオイル、どちらがよいですか?」
社長が答えました。「普通はオイルをおすすめするんですが、ソープは木の良さがそのまま味わえるのでいいですよ。自宅内の椅子なので、不特定多数が座るわけでもないですし、そこまで汚れることもないと思います。お客さん、私と似た雰囲気があるので、ソープをおすすめしますよ」
夫は、まんざらでもない様子でした。確かに夫は、椅子に対してただならぬこだわりを持つ人物、という雰囲気を醸し出している。どこに向かっているのだ。
社長は続けて、傍にあったJ39も紹介してくれました。座ってみると、背筋がすっと伸びるような感覚があって、それはそれで素敵な椅子でした。夫はJ39のことも当然知っていたらしく、しばらく悩んでいましたが、最終的にこう言いました。
「今あるのは板張りの椅子とペーパーコードの椅子だから、ひとつくらい革張りがあってもいいかもね。全部バラバラの椅子でも、オークで揃えれば、なんとなくまとまるんじゃないかな」
「購入するための理由」が、静かに完成しました。
購入を決めると、次は革の質と色を選ぶことになりました。スタンダードレザーとプレミアムレザーがあり、色のバリエーションも複数ある。気づけば、私も一緒になって選んでいました。「この色より、こっちのほうが部屋に合いそう」——さっきまで呆れていた人間の言葉とは思えない。
「ああ、そう」
私は、脱力しました。ああ、そう。
この人、安くない家具を次々と購入している。家づくりの資金は大丈夫なのか。うちは、本当に家が建つのかな。
スタッフから、PP58が出来上がるまで大体半年ほどかかるかもしれないと言われました。そんなに掛かるんだ。
帰りの車の中で、私は夫に言いました。
「Hiroshimaが来たから、一脚をもう子どもの勉強机に使ってるじゃない。もうすぐYチェアも届く。そこにPP58が来たら、今あるダイニングのベンチはどうするの?もう置く場所ないよ」
夫「お義母のところに置かせてもらえばいいじゃん」
いやいや。私の実家は、倉庫じゃないから。
▷ PPモブラーとハンス・J・ウェグナー
PP58は、デンマークの家具メーカー「PPモブラー(PP Møbler)」が製作する椅子です。デザインしたのは、20世紀を代表する家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナー。Yチェアやザ・チェアなど数々の名作を世に出したウェグナーが、ダイニングチェアとして最後にデザインしたとされる一脚が、このPP58です。
▷ ソープ仕上げとオイル仕上げの違い
木部の仕上げには「ソープ」と「オイル」の2種類があります。ソープ仕上げは石鹸水で木の表面を処理する方法で、木本来の明るい色と質感を活かせます。汚れがつきにくいわけではないため定期的なメンテナンスが必要ですが、使うほどに味わいが増します。オイル仕上げは耐久性・撥水性が高く、日常的な使い勝手を重視する場合に向いています。家庭内で使う椅子であれば、ソープ仕上げで木の表情を楽しむ選択肢もあります。
▷ 椅子の価格と円安・インフレの影響
北欧家具の価格は、近年大きく上昇しています。原材料費の高騰、デンマーク国内の職人による手作業、そして円安の影響が重なり、コロナ前と比較して2倍近い価格になっているものも少なくありません。名作家具は「値上がりが続く前に買う」という考え方もありますが、まずは実際に座って自分の体に合うかを確かめることが大切だと思います。
PP58が届くのは、半年後の予定です。その頃、私たちの家づくりはどこまで進んでいるだろう。椅子を置くための家を、まだ探しています。
次回
椅子は増えていく。土地探しも、続いていく。
まとめ
- 夫から「仕事の椅子を買いたい」と言われ、予約優先の家具屋へ。またアポなしで出発した
- アーロンチェアを長時間吟味して購入。「ご予算は?」に「特にありません」と答える夫
- 「もう少し店内を見てよいですか」——子どもは退屈、スタッフは戸惑う
- USMハラーを眺めながら「知らないほうが幸せだったかもしれない」と思う妻
- デンマーク家具コーナーでPP58に座り、夫が私を呼ぶ。座ってみたら、悪くなかった
- 社長に「私と似た雰囲気」と言われ、まんざらでもない夫。PP58(革張り・ソープ仕上げ)を購入決定
- 帰り道「置く場所ないよ」「お義母のところに」——私の実家は倉庫じゃない
- PP58が届くのは半年後。その椅子を置く家を、まだ探している
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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💬 よくある質問
- Q. 家を建てる前から家具を揃えても大丈夫ですか?
- A. 問題はありませんが、家のサイズや間取りが決まる前に大型家具を購入すると、置き場所に困ることがあります。好きな家具を先に決めることで間取りや内装を考えるヒントになることもあります。
- Q. バラバラのダイニングチェアはまとまりますか?
- A. 素材や色調を揃えることで、異なるデザインの椅子でもまとまりが生まれます。オーク材で統一するなどの工夫で、ミックスチェアスタイルとして自然に見えることが多いです。
- Q. 高級家具は予約なしで見に行けますか?
- A. お店によります。案内制・予約優先のショールームでは、事前に電話やウェブで予約しておくとゆっくり丁寧に案内してもらえます。せっかく時間をかけて行くなら、予約をおすすめします。
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