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登場人物:直感派の妻と、調べ始めたら止まらない自営業40代の夫。都市部で土地から注文住宅を建てる4人家族の記録です。連載のあらましは 第1話 からどうぞ。
- 家づくり検討中に「HIROSHIMA」という椅子に出会い、即決した夫と、意外にも反対しなかった妻の話
- ソープ仕上げとオイル仕上げの違い、無垢材の「個性」をそのまま受け入れるという考え方
- 最初の1脚が素材選びの基準になる——後から家具を買い足すときに気づいた注意点
- HIROSHIMAをきっかけに椅子を見る目が変わり、少しずつ買い足すことになった話
このブログは、土地から注文住宅を建てる過程をシリーズで記録しています。番外編では、家づくりと並走して起きた出来事や、住まいにまつわるあれこれを書いています。
ちょっと照明を見に行きたいんだけど、いい?
工務店に初めて足を運んだ頃のある週末、夫がそう言いました。照明なら、まず間取りが決まらないと選べない。でも、見るだけなら悪くない。家族で、近くの家具屋に立ち寄ることにしました。
このとき私は、まさかこの寄り道が「事件」の始まりになるとは、思っていませんでした。
「奇跡の椅子」との伏線
夫は以前から、1冊の本を繰り返し読んでいました。
小松成美さんの著書『奇跡の椅子 AppleがHIROSHIMAに出会った日』。倒産寸前まで追い込まれた広島の家具メーカー「マルニ木工」が、デザイナー深澤直人との協業で椅子「HIROSHIMA」を生み出し、やがてApple本社に納品されるまでを描いた企業再生のノンフィクションです。
「デザインしたのが深澤直人さんなんだよね」と夫が話していたことがありました。深澤直人さんといえば、かつてKDDIの携帯電話「INFOBAR」のデザインを手がけた人物。夫はINFOBARを使っていたこともあって、以前からその名前に親しみがあったようです。
家づくりを意識する前から、夫の頭のどこかに「HIROSHIMA」という椅子の名前は刻まれていたのだと思います。あの日、家具屋に「照明を見に」行くと言ったとき、本当に照明だけが目的だったのかどうか——今となっては、少し怪しいと思っています。
店内で出会った、5脚のHIROSHIMA
家具屋に入ると、さっそく夫は照明コーナーを通り過ぎ(後から理由がわかります)、椅子のエリアへ吸い込まれていきました。
そこに、並んでいたのです。ホワイトオーク材のHIROSHIMAが、5脚。
オークはブナ科の広葉樹で、家具材として世界中で長く使われてきた木です。硬くて耐久性が高く、美しい木目が特徴。ホワイトオークは淡いベージュから薄茶色で、落ち着いた上品な印象があります。日本ではナラ材(ミズナラ)がホワイトオークと同じオーク属に分類され、性質や見た目が非常に近いことから、国産家具によく使われています。また、オーク材には「トラフ(虎斑)」と呼ばれる波状の模様が出ることがあり、これは木の放射組織が板の表面に現れたもの。光の加減でより際立って見えることがあります。同じ木からとれた板でも一枚一枚表情が異なり、それが無垢材ならではの魅力とされています。
同じ椅子のはずなのに、5脚それぞれの木目が、まったく違いました。薄いもの、濃いもの、節がはっきり出ているもの。店員さんが声をかけてくれました。
無垢材は、木目も節もすべて違います。その個性をそのまま受け入れることが、自然への敬意だと思っています。だから私たちは、同じ樹種でも一脚一脚が違うことを、欠点ではなく魅力として伝えるようにしています。
続けて、1脚を手で指し示しました。
これはトラフの表情が特に出ている一脚です。この波のような模様は、木が長い年月をかけて作り出したもの。同じものは世界にひとつしかありません。
夫は黙って、すすめられた椅子に座りました。
……これ、いいね。
一言でした。でも私には、その一言で十分わかりました。ああ、買う気だ、と。
「お尻が吸い付く」という感覚
私も座ってみました。
座面に腰を下ろした瞬間、不思議な感覚がありました。沈み込むのではなく、お尻が座面にそっと吸い付くような感触。背もたれに背中を預けると、腰のカーブにフィットする。長時間座っていても疲れにくい設計だと、後から知りました。HIROSHIMAの座面は角が丁寧に削られていて、太ももへの圧迫が少ない。ただ座るだけで、体が「あ、これは良い椅子だ」と理解してしまう。そういう椅子でした。
それまでの我が家のダイニングは、2人がけのベンチと、1万円前後で購入した椅子。特に不便は感じていませんでした。でも、子どもたちも大きくなって、シールを貼ったり落書きしたりする年齢ではなくなっていた。少し良い家具を持ってもいい時期かもしれない——そんな気持ちが、私の中にもありました。
📖 家づくり日記・本編はこちら(連載第1話から)
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ソープ仕上げという選択
夫が「これにしようかな」と言い始めたとき、店員さんが仕上げについて説明してくれました。
HIROSHIMAにはいくつかの仕上げがありますが、この店に並んでいたのはソープ仕上げのものでした。
ソープ仕上げは、木の表面を石鹸水で洗って薄い保護膜を作る方法です。素材の質感を素直に伝えてくれる、とても誠実な仕上げ方だと思っています。ウレタン塗装のように表面をコーティングするのではなく、木がそのまま呼吸している。触ったときのさらっとした感触も、ソープならではです。
触ってみると、確かにさらっとしています。しっとりというより、乾いたさらさら感。木の肌そのものに触れているような感覚です。
ただ、定期的なメンテナンスが必要です。石鹸水で洗って、乾かして。ウレタン塗装はほぼ手入れ不要ですが、ソープはその分、手間がかかります。オイル仕上げと迷う方も多いですが、ソープはより自然な風合いを長く保ちやすいんです。
夫はオイル仕上げとも少し迷っていましたが、ウレタンにする気はもとからなかったようです。最終的に、店員さんのすすめもあってソープ仕上げを選びました。
ソープ仕上げは石鹸水で木を保護する方法。木の呼吸を妨げず、さらっとした自然な感触が特徴。定期的に石鹸水でメンテナンスが必要。オイル仕上げは植物性オイルを染み込ませる方法で、しっとりとした質感。メンテナンスはソープより簡単という声も多い。ウレタン塗装は表面を樹脂でコーティングするため、水や汚れに強く手入れが楽な反面、木の質感は感じにくい。毎日触れる椅子だからこそ、手入れの手間と質感のどちらを優先するか、購入前に考えておくと後悔しにくいです。
価格は15万円弱。夫は迷う素振りも見せませんでした。
照明は、「間取りや仕様が決まらないと選べない」という結論になり、購入しませんでした。さすがの夫も衝動買いはしなかった——と、そのときは思っていました。後から、それが間違いだったとわかるのですが、それはまた別の話です。
届いた椅子が変えたもの
HIROSHIMAはその日、家族で持ち帰りました。夫はかなり嬉しそうでした。


ダイニングに置いてみると、これまでの椅子との差は歴然でした。我が家はまだ賃貸で、理想の家ではありません。それでも、1脚の椅子がある場所の空気を変えてしまうことに、少し驚きました。
椅子は一脚しかないので、誰が座るかは決まっていません。ただ、気づくと最初に席についた人がHIROSHIMAに座っている。競争しているわけでもないのに、自然とそうなります。それほど座り心地が良いということなのでしょう。
入れ替わりに、それまでダイニングで使っていた椅子の1脚が、子どもの勉強机用になりました。
「最初の1脚」が基準になる
HIROSHIMAを持ち帰ってから、夫の椅子への関心は静かに、しかし確実に高まっていきました。
最初は「もう1脚あってもいいかな」という話でした。それがいつの間にか、少しずつ買い足すことになっていきました。何を買ったかはまた別の機会に書くとして、ひとつ気づいたことがあります。
HIROSHIMAがホワイトオーク材だったため、後から選ぶ椅子も自然とオーク系の素材に揃えることになったのです。最初はそこまで考えていませんでした。でも、いざ次の椅子を探し始めると、「せっかくならダイニングの雰囲気を統一したい」という気持ちが自然と働く。結果として、ダイニングまわりはオーク系の素材で揃っていきました。
最初の1脚が、素材の「基準」を作ってしまう。良い家具を揃えていくとき、最初の選択が後の選択を縛ることになる。購入したときには気づいていませんでしたが、そのことを身をもって知りました。
無垢材の家具は、同じ樹種で揃えると空間に統一感が生まれます。逆に言えば、最初に買った1脚の素材が、後から買い足すときの選択肢を絞ってしまうということでもあります。「将来的にどの部屋に何脚置くか」をある程度イメージしてから購入すると、後から素材がバラバラになって後悔するリスクが減ります。こだわりの家具を検討している方は、最初の1脚を選ぶ前に、将来の揃え方まで少し考えておくことをおすすめします。
ソープ仕上げの椅子は、定期的なメンテナンスが必要です。夫はまだ一度もしていません。そして、おそらくこれからもしないでしょう。結局、やるのは私なんだろうな、とうっすら思っています。
HIROSHIMAをきっかけに、夫の椅子への関心に終わりが見えなくなりました。家がまだ建っていないのに、椅子だけが増えていく。「これ、家が建ったらどこに置くの?」と聞くと「全部使う」と言います。家が建たなかったら、どうするつもりなんだろう、とたまに思います。
奇跡の椅子 AppleがHIROSHIMAに出会った日(小松成美・著)
マルニ木工とデザイナー深澤直人が生んだ椅子「HIROSHIMA」がAppleに選ばれるまでを描いたノンフィクション。椅子に興味がなかった人でも、ものづくりの奥深さが伝わってくる一冊です。家づくりを検討中の方にも、インテリアへの見方が変わる読み応えがあります。
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- 仕上げは店頭で比較して選ぶ:ソープ・オイル・ウレタンで風合いとメンテナンス頻度が変わる。ウレタンは手入れ不要だが木の質感が遠のき、ソープ・オイルは手間がかかるがそれだけ木に近くいられる
- 体が正直に教えてくれる:言葉より先に「お尻が吸い付く」「背中にフィットする」という感覚が来る。実際に座ってみないとわからない椅子の良さは、理屈を超えてくる
- 最初の1脚が家具の方向性を決める:ホワイトオーク系の色で揃えると、後に買い足す家具との統一感が生まれやすい
次回予告
次回は、また椅子を買った話。Yチェアを靴を脱いで試座したら、感触が全部変わった日のことです。
「この椅子でいい」ではなく「この椅子がいい」と思えた瞬間、家具選びの基準が生まれました。値段を見て迷ったのも事実ですが、毎日座るものだからこそ妥協しなくて良かったと、今でも思っています。
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💬 よくある質問
- Q. 土地が決まる前から家具を買い始めていいですか?
- A. 家具の寸法は間取りに依存しますが我が家の場合夫が購入したHIROSHIMAチェアはこの椅子を置けるリビングを作るという家づくりへのモチベーションになりました。椅子1脚が家づくりの解像度を上げてくれることもあります。
- Q. HIROSHIMAチェア(マルニ木工)とはどんな椅子ですか?
- A. マルニ木工が製造する日本を代表するデザインチェアです。デザイナーの深澤直人氏が手がけやわらかな曲線と普遍的な使いやすさを兼ね備えています。長く使える質の高さと経年変化の美しさが特徴です。
- Q. 注文住宅を建てる前から家具を選ぶことに意味はありますか?
- A. あります。欲しい家具が決まるとそれを置くために必要な空間・天井高・窓の位置が逆算でき間取り検討の精度が上がります。我が家は椅子への関心をきっかけにリビングの広さ・採光・床材への関心が一気に高まりました。
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